幸せなコワーキングへ向けて(2)− ロンドンから見えること

*写真は筆者による。デザイン性を強調するSecond Home Clerkenwell GreenにおけるVR関連イベントの様子。

雇用者として「会社」で働くことに限界を感じ、キャリアの最初もしくは途中から「フリー」で働くことを選んでより幸せになりたい、という現象は昔から存在する。しかし、柔軟でクリエイティブなキャリアを求める人を数万人規模で支援する「職場」が日本に現れたのはごく最近の話だ。家具がカラフルだったり、ヨガレッスンが用意されたり、ビールが何時でも飲めたりという「楽しい要素」が盛り沢山のコワーキング・スペースはその象徴と言えるだろう。

前回の投稿では、典型的な(部下がいて上司もいる)職場における幸せ向上を目指す「チーフ・ハピネス・オフィサー」(CHO)の役割について、既存の決裁制度を「事前承認」に変えていくなどの実験によって、社員の幸福度を高めることができるという話をした。しかし、コワーキング・スペースで働く人の幸福を担当するCHOは、根本的に違う立場に置かれ、高い幸福度の妨げになるものが少ない分、推進要員や支援も少ない中で対策を練らなければならない。そんなCHOが、「楽しそうなオフィス」を「メンバーが幸せな職場」へ変えていくためには、どのような方法[WU1] があるのだろうか。

まずはロンドンで拡大しつづけるコワーキング分野を参考にしよう。高級ワークスペースの提供者の一つであるFORAという会社は、最初から「wellness(健康)」というものを強調している。共同設立者のLarkinは最近の記事で次のように述べている:

Fora is leading the workspace revolution; not just with our unbeatable service, amazing design and state-of-the-art technology, but with our culture. Wellness matters andForaknows this. Committed to what we call ‘proworking’, Fora knows that for a thriving business, you need thriving employees. This is why the Resident experience is at the centre of all that we do and wellness is at the very core. 

要するにFORAは「職場革命」を、ただ優れたサービスやデザイン、テクノロジーだけで進めるのではなく、メンバーへ最高の「体験」を提供する「文化」面でもリードする、という強気の発言だ。彼らは、瞑想・ヨガ・フィットネスクラスなどのプログラムを用意して、輝きながら働く人を支援したいとしている。

ロンドンにおけるFORAの競争相手、HuckletreeSecond HomeWork.Lifeのウェブサイトを見れば[WU2] わかるが、似たような健康推進プログラムの提供はもはや当たり前といっていいほど普遍的になっている。「ここに加入すればバランスの取れた満足度の高い仕事や生活ができる」というメッセージを発信している限り、コワーキング提供者は「幸福ビジネス」の提供者として認められつつある。 

ただ、こういったプログラムの提供には、様々なブランディング効果や健康上の利点があるとしても、「幸せ」を推進する手段としては表面的なものにすぎないという声がすぐに上がるだろう。幸せなコワーキングの実現に向けて、他の手段はないのだろうか。

そもそもコワーキングが世界中で広がっている理由の一つとして、(飛躍的に増加している)インディペンデント・ワーカーの日常的な孤立がよく指摘される。「フリー」で働く彼ら・彼女らは、多くの仕事を一人で背負っていても、ずっと一人でカフェや自宅で働くことに孤独を感じ、クリエイティビティを刺激させる会話の機会も少ない。そこで、より有意義な毎日を過ごすために「コミュニティ」を求め、コワーキングを始める人が増えていると言われている。

そうした中で、「良いコミュニティ」を構築すれば、メンバーがより幸せになるのではないかと考えるコワーキング提供者も多い。人間は、社会的[WU3] な生き物であり、何らかの集団に参加したいのだという観点から考えれば、これは間違ってはいない。ただ、幸せを高める戦略あるいは手段として「コミュニティ」を活かすことは、必ずしも簡単ではない。なぜならば、ある特定のコワーキング・コミュニティの善し悪しを判断すること事態が難しいことであるとともに、最初から活性化を目指すのは大きなチャレンジである。そして、典型的な組織で行われているwell-being研究も、(コワーキング・スペースとは設定[WU4] が違うため、)直接参考にはできない。さらに、コミュニティの形成自体がコワーキングの唯一の目的ではなく、気をつけなければ、ただの内向き集団になったり仲良しクラブになったりという逆効果も十分考えられる。

意外な角度かもしれないが、ボヤッとした「コミュニティ」より、人と人の間で起きる特定の「インタラクション」に目を向ける方法がある。ある種類の会話に特別な力があることには、ロンドンにおける起業家研究において、これまで何度も気づかされてきた。「あなたのミッションや当初の夢はどこに消えたのか」とメンターにたずねられたアントレプレナーが自分の方向性を見直してやる気を取り戻す、一時的に自信を失ったライターが隣に座っている知り合いに励まされて自分の本が「成功するかもしれない!」という希望を再び感じる、ドローン会社を作ろうとしている人が医療技術に詳しい専門家とたまたま交わした言葉から刺激を得てビジネスモデルを変えていく…。これらのケースは、ただ「コミュニティで安心する」ことを超え、モチベーションや創造性を経由して、幸せを高めた具体的なエピソードと言えるだろう。

このように考えれば、コワーキングの領域における「幸福」の意味は、思っていたより深いものであると気づく。同じ人間であっても、毎日自ら先に進もうとしているフリーランサーや起業家などにとっての幸せや満足度は、雇用者の立場である人にとってのそれとは、異なった要因に基づいていると思われる。Richard Lazarusという著名な心理学者の言葉を参考にすれば、自分のゴールに向かって徐々に前に進んでいると実感している時こそが、起業家として働くような人にとっての幸福なのかもしれない(Lazarus、The Sport Psychologist、14、2000)。

 

Tuukka Toivonen